書籍、ペンギンのメランコリー(アンドレイ・クルコフ著)を読んだ直感

何でこういう公式を読もうと思ったのか、それはトップに一目ぼれしたからだ。
とあるお家の一室で、目を閉じバリヤを向いて佇むエンペラーペンギン、その側でキョトンとした顔付きの乙女。
乙女やお家の事情はポップに描かれているのに、何だかこういうペンギンからはリアルな印象を受けます。
人間の人生とはほど遠いはずのペンギンが活躍する文献、非常に気になって公式を購入しました。

ヒロインのヴィクトルはキエフに住む売れないミュージシャン、しかも失恋したばかり。
同じく独りぼっちのペンギン(アニマル園で飼育できなくなって譲ってもらった)ミーシャと暮らしています。
犬やネコと変わり、ヴィクトルへの愛着を全然指しないミーシャとの人生は、胸が通っているのかバラバラなのか、あまりわかりません。
内容がすすむにつれヴィクトルのお家に同居顧客が増えてゆくのですが、ミーシャとの動機が示唆しているように、軒並みどっかぎこちないのです。
大切にしていないわけでも無く、でも代わりがいくらでも掛かるような、そういう不確か関係で結ばれていらっしゃる人たちだ。
はたから見たら、家事とペットのように言えるのでしょうけれど。

胸が通っていないのに通った了見になっている、そういったヴィクトルの孤独を描いた力作だ。

しかし標記と異なり、リーダーをメランコリーに始める力作ではありません。
それはひとえにペンギンの活躍といっても過言ではないでしょう。
室内をヨチヨチ歩き回り近く、飼主に穏やかに甘えるミーシャのファッションは、イメージするだけでも茶目っ気があり殺伐とした言明を和ませてくれる。
ペンギンが好きな人、ロシア語文学が好きな人、どちらにもおすすめしたい公式だ。